2006年12月10日

A-COUST結成まで(カルロス)

中坊の時にロックにやられ、高校でロックバンド初めて以来、殆どロック以外やった事無かったのだが、実は長年アコースティックなのをしたいと思っていた。
AnySingはロックバンドだが結構アコースティックぽいのもあるし、これでえーかーってのもあったけど、やっぱりもっとド・アコースティックなのがしたくて、新バンド結成を思い立ったのが、実は結構古くて2004/8
AnySingの時のヒロリン、ヤスと同じく、ネットのメンバー募集サイトに記事を出してみた。

でもこれが思いのほか反応が無く、募集したギター、キーボード、パーカッションからの反応が皆無で、その代わりに募集もしていないドラマーから二人、ボーカリストから一人のみの応募であり、しかも「やる気だけは誰にも負けません」みたいな暑苦しいほど気合の入った人がいたりして、なかなか上手くいかんもんやのぉ〜ってな感じであった。
全くのゼロからのスタートにしたくて、知り合いではないメンバーを探そうと思っていたのだが、流石にそんなもんに拘っている場合ではなくなり180度方針転換を図り、知合いに声をかけて回ることにしたのが2005年の秋。

まずはギターのMumRueに電話を掛けてみた。彼とは以前にビギンを愛しつつも冒瀆するバンド「エンド」を一時期やっていた関係だ。
こういう話はリラックスしている時間が良かろうと日曜の夕方に何度も電話を掛けたのだが、実は彼は日曜はバリバリと仕事をする日であり、恐らく相当にウザク思っていたことが予想される。
すんなりと加入してくれると思っていたのが難航したのは、実は仕事中に一方的に勧誘電話を掛けてくる、先物取引の営業電話のような攻勢に立腹していた為だったのではないかと思われる。

次にピアノのHoney You(通称ユッコ)にメールを打ってみる。
「かくかくしかじかやねんけど、キーボードせーへん?」
五分後「やる」っておい、軽いのぉ〜。
まあ、これでキーボードゲット!

まずはオレ的定番の結成飲み会を江坂は北の家族で開いたのが2005/12。ここにA-COUSTの原型が完成したのであった。酒の飲めないMumRueを軽く割り勘負けさせ、ご機嫌さんで帰宅したのを覚えている。
2006初頭に三人でスタジオ入りしてみたは良いもんの、リズム楽器レスってのがこんなにシンドイとは思いもせず、悪戦苦闘。
なんとしてもパーカッションを入れなあかんと思い、メンバー募集サイトの記事も定期的にメンテもしていたが相変わらず反応がない日々が続く。スタジオ入りしても何となくしっくりいかず苦悶する日々も続く。

何度と無く命を絶とうかと考えては思いとどまる事を繰り返しているそんな時、艶羽のMiyanからふぅちゃんがパーカッションをやりたがっているとの情報を聞きつけ、彼女のメルアドを訊き、怒涛のメール攻撃。
適当な有る事無い事、甘い言葉でメンバーに引きずり込む事に何とか成功し、現在のA-COUSTが出来上がる。
ふぅちゃんはその時にオレが言った甘い言葉を覚えているらしいが、オレは全て忘れた、ってか殆ど口からでまかせだったと思われ、そんな事オレ言ったんか?と真顔で驚いてはふぅちゃんに呆れられる事が何度となくある。
あの時の事は全て幻だったと諦めてくれ>ふぅちゃん

4人になったA-COUSTはその後練習を重ね、デビュー、初ライブツアーの準備に余念が無い。とは流石に行かず、各メンバーの都合などからなかなか充分な練習も出来ないが、来春を目処に初ライブをしたいと思っております。
音源も近日中にここで発表予定(は未定)

ちゅうことで皆様、今後もよろしく

BGM:GREATEST HITS Vol.1/Billy Joel
posted by A-COUST at 13:24| 大阪 ☀| Comment(17) | TrackBack(0) | カルロス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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