2007年05月22日

鬼太郎(かる)

島根に境港という街があり、鬼太郎の街として知られている。
資料館などは勿論のこと、街のあちこちに鬼太郎たちの銅像が建っているとのことで、去る黄金週間に境港を目指した。

なるほど街のあちこちに銅像が建っておる。


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ってこれ鬼太郎ちゃうやん、コナンやん!
なんでコナンがおるん?そんなアホな!道間違えた!


というアホな話はないのであって、鬼太郎の街境港に向かう道の途中にコナンの街もあったので寄り道してみたという、ただそれだけの話であった。

島根鳥取あたりには渋滞なぞ存在しないものと思い込んでいたがさにあらず。
あちらこちらで忌々しい渋滞があり、裏道旧道抜け道などに積極果敢に飛び込んでは渋滞を回避したにかかわらず、そんな努力も水の泡、恐るべし島根鳥取、実は境港には結局たどり着けなかったのである。

全くのアホである。

余りに悔しいので帰り道のサービスエリアで目玉親父のぬいぐるみを買い、そしてその怨念のこもった目玉親父はベースのケースに貼り付いている。
楽器のケースにぬいぐるみをつけるなんて女子高生みたいで、そんな自分がちょっぴり好きだったりする。

KC380039.jpg

ま、そんな話はともかく、何故二週間以上も前のことを今更書いているかと言うと、ゲゲゲの鬼太郎の原作(復刻版)を入手する機会があり、今読んでいるからなのである。
もっとも、正確にいうと原作のタイトルは「ゲゲゲの鬼太郎」ではなく「墓場の鬼太郎」である。
四十年も前の作品だが色々と知らなかった事実が発見されて面白い。

あの頃の目玉親父は常日頃「おい鬼太郎!風呂がぬるいぞ」などと甲高い声を上げているわけではなく、髪の毛に隠れている鬼太郎の左目のスペースに控えめに収まっていることや、鬼太郎は気合いを入れすぎると髪の毛が全て抜け落ち気絶することや、鬼太郎の仲間達は実は元々から仲間だったわけではなく、西洋の妖怪が沖縄の鬼界島を襲撃しているのを受けた鬼太郎が闘いを挑む為に仲間を新聞広告で募った中で、合格したのが塗り壁、一反木綿、子泣き爺、砂掛け婆の四人であり、ネズミ男は不合格にも係わらず付いてきてしまった(太平洋をタライで横断)だけであるとか、その他諸々、細かい描写や設定も含め感心したり爆笑したりの連続である。

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posted by A-COUST at 23:32| 大阪 | Comment(6) | TrackBack(0) | カルロス日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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